今日が「日本国」という国家、もしくは「国」の建国
記念日ではないことは言うまでもないんだが、靖国教徒とそれらを支援するマスメディアによって世界中の人々がだまされている。紀元前660年に日本なんていう国も神武天皇なる人物も存在しなかったばかりか、日本はいわゆる縄文から弥生時代への移行期だったのは世界史の常識、いや真実なのだが。日本と言う国号や天皇という称号が登場したのは7世紀の天武天皇以降だということも明らかであり(推古説もある)、そうした歴史、古代史の研究がいくらすすんでも一国の政府がそういった科学や学術研究を否定してるのだから恐ろしい。
この話に対する反論としてキリスト紀元の西暦はじゃあなんでいいのかという話をする人がいるようだが、民衆宗教であると同時に国、民族を問わず受け入れられた世界宗教であるキリスト教と、140年前に作られた官製宗教であり、まして日本でのみしか通用しない現代神道を
比較するのはナンセンスもはなはだしい。そもそもイエスの生誕の日を建国記念日にしている国などあるのか。
植民地支配の先兵として宣教師が布教活動をしたなどという考えがあるが、仮にそうだとしても征服された側は解放された後もキリスト教を受け入れている。それらの多くはもともと信仰していた土着の原始宗教と習合した形で、教義の明確な教条宗教であるキリスト教を受け入れ、
教会の中にそれまでの原始宗教の崇拝偶像を祀っている教会も存在する。日本でも、キリスト教の代わりに教条宗教である仏教や儒教でそれと同じ事が起っており、寺の中に原始宗教としての鳥居や社が祀られていたりする。ところが明治維新以降これを廃絶し無理矢理仏教から原始宗教である神道をひきはがしたところに無理がある。これは近代化が進む世界の流れに完全に相反する動きであり、大日本帝国に植民地化された国で神道を受け入れられることはなかった。原始宗教だからである。
またイエスという人物は、たんにキリスト教と言う一宗教上の象徴であるだけではない。ローマ時代の古代文献に、紀元後30年頃にあたる時期に「ナザレのイエスと言う男が大衆を煽動して
ローマに抵抗した」という記事があり、神武天皇と違って実在がはっきりしている歴史上の人物である。いわば世界最古の「市民運動家」であり、世界史に大きな足跡を残した人物である。そのような偉大な歴史上の人物の生誕日を、近代国家が年代の世界基準として採用している事と、日本という国だけでしか通用しない、まして実在もせず歴史的事実としてもありえない話をもとに建国記念の日を定めることを比較するなどナンセンス以外の何物でもない。さらにもともと伊勢に祀られていたのは原始宗教としての太陽神であり、神武天皇の始祖である天照大神という人格神自体が天武天皇以降につくられたという説もある。天皇陵問題も含め、歴史研究や歴史の事実を否定するようなマネを近代国家、まして先進国といわれる国々の一員であるこの日本で行なわれているという事実が私は
日本国民として恥ずかしくてならない。
はっきり言っておく。140年前に突然キリスト教ののマネをしてむりやりでっち上げた現代神道および紀元前660年を紀元とする"皇紀"なるものにもとずいた建国記念の日などと、140年前までそれこそ
2000年つむぎつがれてきたが明治維新によって破壊された本来の日本の伝統(なんてものがもしあれば)とどちらを大事にするのか、よーく考えてみてはどうか。
ちなみに神社で
結婚式を挙げる「神前
結婚」を日本の伝統などとかんちがいしている
芸能人様がいらっしゃるようだが、日本で初めてその神前結婚をした人物は誰かご存知だろうか。答えは大正天皇である。日本、まして神社に結婚式などとという伝統などないのだ。これだけでも現代神道がキリスト教のパクリにすぎない事がわかる。本来の神道とはどこの国や民族、部族が持っていた原始宗教、祭祀宗教にすぎないのである。
神武天皇初代天皇説について問い合わせたテレ朝から返事はいまだこない。くるわけないか。